第1章 2話 飛空艇
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 人界――太陽は青く澄んだその世界を照らし続けていた。地は輝きを浴び繁栄をもたらし発展を遂げていった。 多くの異種族が世に住む中、人間が多くを支配していた。自然を保護しそれを利用し住むものもいれば特殊な光を使い能力で支配するもの現れた。
 力――それだけが螺旋となり争いが生まれる。同時に、この広い世界は禍が起こり始めていた。 世界は荒れ、瞬く間に混沌していく。だがそんな様を皆無とし人は生き続けていった。表面上の幸せな生活を過ごしていたのだ。
 一人の少年もまたそれと等しかった。

 その飛空艇は空を漂っていた。スピードはそこまで出ておらずのんびりと空を浮遊している。 大型船ほどではなかったが、大方、いつものようにどこかの金持ちが空の旅行をしているだろうと彼は狙いを定めた。 それの上に気づかれないように静かに自身の乗っている小型船を着艦し彼は降り立った。
 ゴーグルを取り外しグローブを手にしっかりとはめると、鞘から剣を取り出した。 ガラスのように透明で鋭利な刃は、天板を不快な金属音とともに一気に切り裂いた。 少年が思っていたよりも飛空艇を覆う金属は薄く、また脆かった。 だが誤って、下へと落ちた天板は音をそれなりの立ててしまい彼はひやひやしながら下へと降り立った。
「よっと、……大丈夫だよな。早いとこでねーと」
 盗人の少年――ヴァンは着地を済ますと剣を鞘にしまった。 その声にはまだ少し幼さがのこる。亜麻色の髪は後ろへはねており、頬にある紅いタトゥーが印象的な少年だ。 だが盗人にしては格好が派手であり、紅いジャケットは目立っていた。
 彼は慎重に一歩一歩進んでいった。 進入時にミスをしてしまった分、急ぎたかったがばれるわけにもいかない。 幸いなことに、音には気付かれていなかったようで誰も来る気配はなかった。
 だが飛空艇には部屋があまりなく、自家用だとしてもその風景はなにかおかしいと彼を感づかせた。 あまりにも殺風景であり、金持ちのものだとは思えないのだ。
 彼が最初に見つけた扉は身の丈ほどしかなかった。やっとか、と思いながらも彼は音を立てないようにゆっくりと開いた。 期待ははずれ、その部屋には光輝くものもなければ、金貨一枚すら落ちていないのだ。
「この飛空艇は、はずれか」
 ヴァンは舌打ちをすると、悔しそうに嘆きながら扉を閉めようとした。 だが彼は部屋の床の脇に小さな扉があるのに気づいた。小さな取っ手を手に取り、上へと引き上げてみるとそこには階段が続いていた。 光はなく闇へと続いていており、先が見えない。
 躊躇いながらも彼は段を確かめながら降りていった。自分の手すら見えない暗闇の中を感覚だけで降りていくのはなかなか困難だった。 盗人として夜目も鍛えてはあったが何の役にもたたない。聞こえるのは自分の足音ぐらいで先へと響いている。だが彼はここで諦めれば名が廃ると降りていくしかなかった。 だがその階段は飛空艇にしてはおかしすぎるほどの長さだった。外から見た大きさと合っていないのだ。
 しかしいきなり暗闇が終わった。いつの間にか階段を降り切っており、蒼白い光で照らされている部屋にいた。急に闇からでたせいか目が眩む。
 その壁には古代文字が刻まれており、彼はそれにも興味を示したが自分の知っている文字とは何かが違い読むことができない。だがそれよりも、 部屋の中央の祭壇に浮かぶ物に目がいった。球形かと思えば所々が欠けた不思議な蒼い石が浮いていたのだ。その石がこの光源であることに間違いはない。
 宝石のようにも見えたが何かが違った。どこか禍々しく不気味な感じがした。
「……何なんだ、これ」
 彼は恐る恐る祭壇に近づき、それに触れようとした。だが触った瞬間、静電気のようなものが流れた。
 小さく呻き声をあげ、手を抑えた。触れた部分には痛みがじんわりと残った。 よく見れば祭壇の周りには薄い壁のようなもので覆われていた。目を疑ったが確かにそれは存在している。
「盗めないわよ……それはね」
 急に女の声が彼の背後から聞こえた。
(後ろに……いる? 気配なんかなかったのに)
 少年は舌打ちすると剣の柄の部分をつかみ後ろを振り向いた。
 そこには薄い緑色の長髪の少女が立っていた。女にしては背が高く、腰布には無数の銀色の光を放っている。それは多分武器であろう。 気をとられつつも周りに目をわたすと暗闇が晴れそこは違う景色へと変わっていった。そこは飛空艇の操縦室のような場所だった。 彼は驚きを隠せず圧倒された。
「それには結界が張られているから触れることはできないの」
 不意に少女はそう言うときっと睨みつけた。 そして瞬間的にヴァンの懐に忍んだ影が一つ近づくと部屋中に鈍い音が響いた。 彼の腹部に拳が入ったのだ。痛みのせいか辺りが暗くなっていく。 気絶する瞬間、金髪の少年が目の前にいた。
 自分より年下だと思われる少年に不覚を取られた彼は、どこかやりきれない気持ちだった。 だがそれを思うなり彼の目の前は真っ暗になったのだ。

*…*…*…*…*

(――ここは……)
 ヴァンは薄っすらと瞼を持ち上げた。先ほどの衝撃のせいかまだ少し痛みが残っている。 はっきりとしない思考で彼は先ほどのことを思い返していた。 手足は縄のような物で縛られており動くことはできなかった。剣は部屋の隅にあり、無防備な状態だった。 捕まってしまい、名に恥じる行為に彼は顔を下に向けた。
「目、覚めた?」
 彼の顔を覗き込むように先ほどの少女が言った。
「うわあああぁぁぁ!」
「そんなにおどろかなくてもいいんじゃない?  侵入者のくせに大分度胸がないのね」
 少女は冷たい瞳でヴァンを見ている。それは軽蔑ともいえる表情だった。ヴァンはどこか歯がゆいものを感じた。
「……どうする、こいつ落とすか?」
 ヴァンが気絶する瞬間に見た少年は彼の前へ近づいた。その冷たい声はヴァンに対する不信感からきているのだろう。確かに殴ってきたのはこの少年だった。
 まだ幼い顔立ちで自分より年が低そうだという確信は持てる。
「てめぇさっきはよくも殴ってくれたな!」
 自分へのいらつきからか、それとも少年に対する嫌悪心かわからぬまま、ヴァンは言葉を放った。
「お前が侵入するからだろ」
「……このチビ!」
 図星をつかれ、言い返せるわけはなかったが、彼はそう言った。 なぜなら少年の身の丈は自分の背より低いのだから。
「ここに忍び込むお前のほうが馬鹿なんだろ」
 罵る言葉は容赦せず、チビ、馬鹿、アホ、といった言葉が二人の間で飛び交い始めた。 金髪の少年は上から見下ろしていた。ヴァンは座りながらも睨み返していた。 手足さえ縛られていなければ殴りこんでいるはずなのだ。
「ジルハ、やめてください」
 どこからともなく澄んだ声がした。高めの声は凛としていた。 声を聞くと金髪の少年――ジルハは振り返り一方を見つめた。そこにはまた違少女がいた。
 ジルハは不服そうだったが一歩引いた。そして彼女の決断に任せることにしたのだ。
「ユース様……」
 緑髪の少女はそう彼女を呼んだ。 長い銀髪は光の加減から色味が変わるかのように美しく、歩いてくる彼女の姿にヴァンは目をそらすことができなかった。 また蒼い瞳も彼を見続けた。少女は彼に近づき止まった。
「あなたは……なぜここに入ったんですか?」
 ユースは少年に尋ねた。
「俺は"紅月"の盗人だ。……それだけで解るだろ?」
 ヴァンはあたかも平然としていた。盗人と自分で称しているからだろうか、何かと態度が悪かった。 それにふれたのかジルハはかっとなった。
「おまえ……、真面目に答えろ!」
 彼は左手を強く握り、振り上げた。 その左手には紅の宝石がついている。 だがそれを緑髪の少女が止めた。
「……アーチェ!」
 緑髪の少女――アーチェがジルハをとめた。 ジルハは怒りを押さえ、握り締めていたこぶしを下げた。 そしてユースはまた少年に話し掛けた。
「紅月……でしたか? 私は盗人のことはよく知りません。ですが、あなたはこれを見てしまいました」
 そういうと彼女の周りが光り始め、黒く四角形手のひらにおさまるものが現れた。 するとパンっと音とともにそれははじけとんだ。するとあたり一面真っ暗になったと思うと蒼白い光に包まれた。 それはまぎれもなく先ほど彼がいた暗い部屋そのもので祭壇と蒼い欠片があった。
 そしてユースは祭壇から蒼い欠片を手にとった。ヴァンが触ろうとしたときは拒まれたのにもかかわらず、彼女はいとも簡単に手に取ったのだ。 それをみて彼は驚くしかなかった。その瞬間頭によぎったものは"能力"をもつ者のことだった。
「ここはわたしの力で創った異空間です。あなたは先ほどここに進入しました」
(こいつ……能力者か。だからあの2人の気配がなかったってことか。結界もあいつがやってたんだな…)
「これを……知らないということは関係者ではありませんが、あなたから記憶を消さないといけなくなりますね」
(なっ……記憶を消すって何だよ。そんなことされたら――)
 彼女はヴァンの額に手をあてた。そこから蒼い光が放たれようとした。 だが少女はバランスを崩しその場に倒れた。飛空艇が大きく左右に揺れたからだ。 左右へ無造作に揺れ続け、それは地震よりもひどい。ヴァンは手足不自由のためか転がっていた。 そして爆発音ともに白い煙が周りを覆い始めていた。
「何が起きてるの?」
「わからない……何か衝突したな」
 緊迫の中、アーチェが言葉を放つとジルハが答えた。揺れは段々と収まっていったが 視界が悪く、前がよく見えずにいるその場で、ユースは異空間を蒼い欠片と共に能力でもどした。  そこには金属の溶けた不快な匂いが充満し口を抑えることしかできなかった。 白い煙は次第に空気と溶け薄まっていったがが、消えると同時に無数の足音が聞こえた。
「うーん、ややこしい飛空艇ねー。とりあえず、挨拶がわりに……紅月の空族アンビション、よろしくね」
 そこにいたのは十数人もいる盗賊団だった。言葉を放った女は、後ろにいる男たちに"頭"と呼ばれていた。 
「アルス……何でお前らが……」
 ヴァンの体勢は崩れていて床に倒れこんでいたが、ユースはその言葉を聞き取った。それは顔見知りに対していっている言葉だ。 彼の顔は嫌気がさしているのがわかる。その盗賊達に面識があるようだった。
「あれ、ヴァン君だ。やーっと見つけた!」
 先頭をたっている女――アルスがいった。 同じ盗賊集団"紅月"に所属しているからだろうか、彼女の顔つきが緩んだ。
「久しぶりに会ったと思えば捕まっちゃってるのね。ならこの飛空艇の宝はアンビションのものね」
 ヴァンの嫌気は一気に増した。そしてなんとか逃げ出す手はないかと考えた。 せめて剣を手に取れれば――
「そんなこと、させるか!」
 ジルハは自身に剣を抜き向かっていった。手の甲に防護の飾りをつけた剣だ。 彼の鋭い瞳がアルスを狙った。だが彼女は指を鳴らすと、体格の良い男たちがジルハをおさえつけた。 そして小さな機械――スタンガンを使った。電流はジルハの身体を駆け巡った。
「っく……」
 ジルハはバランスを失い、男達は手を離すと彼はそのまま倒れこんだ。
「ジルハ!」
 アーチェが急いでジルハのほうへ駆け寄った。だがまたもやアルスが指を鳴らした。 男たちがアーチェを押さえスタンガンを使った。アーチェも倒れこみ二人とも気絶してしまった。
 ユースは苦い顔をしていた。彼女は今武器と呼べるものを持っていないのだ。そしてただでさえ彼女は戦うことが嫌いなたちなのだから。 それを見てアルスは笑った。
「あはは、二の舞だね。今のはスタンガンを改造したもの。 威力はすごいよ、大の男がやられてもそう簡単には起きないくらいね。さて、その二人ちゃんと縛っておいてね」
 アルスがそういうと男たちは従い、アーチェとジルハを縄で縛った。  ぐったりとした二人の姿をユースは直視することができなかった。
「アルス……てめぇ邪道だぞ!」
 見るに見かねたヴァンは声を上げた。同じ紅月としても許したくはない行為だった。
「盗賊なんて邪道が当たり前よ。ヴァン君くらいだよ、標的を傷つけないのは。 でもね、これが現実。綺麗ごとだけじゃ盗賊は成り立たないんだから、黙って見ててね。協力してくれるというのなら別なんだけど――」
「誰がそんなことするかよ……」
 アルスを非難の目で睨みつけた。それをみてアルスには諦めの表情が浮かぶ。
「期待はしてないよ。まぁ惜しくはあるけれど……」
 アルスは気を落としたものの、にこっとヴァンに微笑み後ろを向いた。 彼女はユースを見た。その蒼い瞳はヴァンと同じく非難している目だ。だがそれに動じるわけもなくアルスは涼しげな顔で口を開いた。
「さてと、この宝がある部屋はどこかな?」
 ユースは答えるのを拒んだ。ヴァンはこの飛空艇に宝等が無いことを知っていた。 彼女は打開策はないかと考え込んでいるに違いない。だが時間が足りないのだ。 そう簡単に思いつける状況ではなかった。
「答えなくてもいいのかな? そしたらあの二人の命はないかもね」
 アルスは懐から銃を取り出すと、二人にむけた。
「さぁ、どうする?」
 険しい目をしながらユースは手を壁にあてた。 気づかれないようなほど些細な動作だった。そこから蒼い光がそっと漏れだしたがすぐに収まった。 ヴァンはそれを見逃さなかったが口外しなかった。
「この部屋を出て直ぐ右の部屋に……」
「そう、素直に言えばいいの。……あなたにはまだ聞きたいことがあるんだから何もしないであげる」
 アルスはユースに顔を近づけるとにこっと笑った。その目は笑っていない。
「あんたたち! この子もちゃんと縛っておいてね」
 そう命令すると、部下の一人はユースを縛った。そして一人を見張りに残し、アルスは残りの部下をつれ部屋から立ち去った。
 ユースは手首のみを縛られ、ヴァンの隣に座らされた。
 正直ヴァンに今の状況をどう切り抜ければいいのか解らなかった。自分が侵入した飛空艇にまた同じ"紅月"が侵入―― ただ縛られた自分には何もできないのが現実だった。なんとかして逃げられたとしても、見張りがいる。そして自分の小型船は今頃アルス達によって回収されているかもしれないのだ。
「……お願いがあります――」
 ずっと黙っていたユースがそっとヴァンに話しかけた。
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