第1章 3話 創造の火 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― 小さな声だったかヴァンはそれを聞き逃さなかった。同時に、呆気をとられた。確かに頼る人物であろう二人は 気絶しまい自分しかいないのは分かってはいたが進入した自分に頼みごとをしてくるとは思ってもみなかったのだ。 「なっ、なんだよ」 戸惑いながらも彼は小声で返した。 「あの欠片を見たから記憶を消す、と先ほど私は言いました。 なので……消さない代わりに私の言うことを聞いていただけますか?」 彼女は見張りに悟られないようにヴァンの顔を見ずに話した。 彼はどうすればいいのか分からなかった。今からでもアルスに頼み、協力をすれば逃げることは可能だ。 だがここでユースに協力しても自分は盗人の身であり最終的には裏切る事はできる。彼はそれに慣れていた。 「……わかった。聞くよ」 出来るだけ彼女の方を見ないように視線をそらした。 「さっきの様子からすると……あなたは能力者ではありませんよね?」 「普通はそうだろ。能力に目覚めてるやつなんかほんの一握りだけだ。 お前は能力者らしいけどさ……俺はそんなんじゃない」 そう言い放つとヴァンは首を横に小さく振った。 盗人仲間、トレジャーハンター仲間の中にも数人能力を持つ者がいる。 能力のせいで迫害された者も多くはないが、ヴァンは正直それを持つ者が羨ましかった。 自分にはない"力"、それさえあれば―― その思いふけた表情を、ユースは見逃さなかった。 「……ではこうしましょうか? 私の"能力"であなたに"能力者"にさせます。 そしてあの人達を退却させてください。 あの剣だけではあの大人数倒せないでしょうし、スタンガンに生身では難しいですから」 「なっ、の、能力? そんなことできんかよ!?」 それを聞いて驚きを隠せるわけがなかった。見張りに気付かれまいかとひやひやしたが幸運なことに気づいていない。 「私の能力なら可能です。けれど、どのような能力になるかはやってみないと解りません。でも――」 「でも、なんだよ」 「いえ、なんでもないですよ。そのかわりですが、この欠片を護るためにも私達の旅についてきてくれますか? それが条件……いえ、契約です」 彼女は微笑みながらヴァンに言った。 「……一枚上手だな。解ったよ、旅に同行すればいいんだろ? どうせ紅月にはやすやすと戻れないしな」 言葉に乗せられようが関係はなかった。後で裏切ってしまえばどうにでもできる。 生き残るために彼は幾度となく、同じことをしてきたのだから―― 「契約成立ですね。えっと……」 「あぁ、俺はフレア=ヴァン=シエル。ヴァンでいい」 「ではヴァンさん、私の名前はユースです。……では」 彼女の周りは突如蒼い光で包まれた。決して眩しいわけでもなかったが、それは先ほど彼女の手から漏れ出した光と同じものだ。 「おいっ! お前らな――」 アルスの部下がやっと気づいたかと思えば、言葉の先は続かなかった。 動きは静止し手は振り上げられたままだ。その光景に、彼は疑問に思うしかなかった。 自分の周りには蒼い光の膜で包まれており、倒れている2人も同じだ。 一空間一帯に広がるそれは彼女の能力によるものなのだろうか。 「……何したんだ?」 「先ほど見たあの異空間のようなものをここに創り出しました。 簡単に言ってしまえば私達以外の"時"を一時的に止めたんです。 時間の流れが違うのでこの空間以外のものは静止しているように見えるんです」 彼女の能力の万能さには、彼は驚きを隠せられず言葉も出なかった。 「フォール、もう大丈夫ですよ」 そうユースが言うと、先ほど倒れた少年――ジルハの左腕が光だした。 手の甲についた紅い宝石を中心とし、一匹の小さな竜へと姿を変えた。それと同時に彼の左腕はなくなっていた。 小さな竜は四枚の翼をばたつかせ、ユースの周りを飛びはじめた。 「……こいつ何?」 ヴァンは驚きの連続だった。 竜は彼に興味を持ったのか彼の目の前まで飛び、じっと見つめた。 だがすぐに反対を向きなおし、ジルハの顔もとまで飛んだ。彼を心配しているのか、かわいらしい声で鳴いた。 「あの子はフォール。羽翼族の龍族の最終血統です。先ほどからずっとジルハの左腕として隠れていたんですよ」 フォールと呼ばれる竜はユースの前まで飛んできた。 「フォール、この縄切ってくれますか?」 そういうとフォールうなずき、なにかはじけた音とともに光ががフォールの周りに集まっていた。 能力をもつ竜は鋏のようなものに変化していた。 羽の生えたおかしな鋏であるがしっかりと刃はついている。 宙にふわふわと浮きながら彼女の縄を切り始めた。 「それがさっきの竜……なのか」 「フォールも能力もっているんです。あらゆるものに"変化"できる力…… ですが想像力がまだ乏しいせいか、あまり変化できないようですけどね」 浮いたそれは不思議としかいえずヴァンは呆気にとられていた。 彼女の縄を切り終わると、鋏はヴァンの方へ近づき切り始めた。 彼の縄が切り終わる間、ユースは倒れている二人の縄を解いた。 しかし二人は目を覚まさなかった。 余程の衝撃が体に走ったのか、しばらく起きそうになかった。 縄を切り終わった竜がユースのそばに駆け寄った。 「ありがとう、フォール。……二人をお願いしますね」 可愛らしい鳴き声で竜は応えると二人に駆け寄っていた。 自由を得たヴァンは縛られていた手首を軽く押さえながら立ち上がり、ユースを見据えた。 ユースはその視線に気づくと一瞬ほほ笑んだかのように見えた。だがすぐに目を閉じふぅっと小さく息を吐いた。 「では……創めます」 彼女はゆっくりと目を開いた。そして彼女の周りはまた蒼く光り始めた。 それは無数の光の帯になり彼女に取り巻いた。 幻想的ともいえる光景にヴァンは唖然としながらも、目を離すことはできなかった。 彼女は片手を前に突き出すと、手の平に光が集まり始めた。 「うわっ!」 突如その場に風が舞い起こった。彼は目をあけることができず、両腕で顔をかばった。 彼が目を離した瞬間、彼女の手に集まった光はその風に乗り、すうっとヴァンの胸部辺りに吸い込まれていった。 風は収束し、彼はゆっくりと目を開けた。 (なにも変わっていないような……失敗したのか?) 彼はそう思いながらも、自分の体に違和感を感じた。 微弱だが何かが熱かった。だがそれもすぐにおさまってしまった。 両手を握り開いてみたりもしたが変わった様子はない。 「おい、何も変わった様子ねぇけど……」 ヴァンはそう言いながら、隅においてあった自分の愛剣を手にとった。 「大丈夫……ですよ。実戦になれば能力がでてくるはずです。 けれどそれがどんなものかは……私にも、わからないことです…… でも私は……能力を使いすぎたようですね。……限界みたいです」 ユースは力が抜けたかのようにがくっと足が折れ、座り込んでしまった。 息苦しそうにそう言った後、何かがはじけるような音がした。 彼らを取り巻く蒼い膜――能力が途切れたのだ。 「――にやってんだ!」 アルスの部下が怒鳴る声が響いた。 空間が時間を取り戻したのだ。 ヴァンはそれを見ると愛剣の柄の部分をつかんだ。 「お前らいつの間に縄を……この野郎!」 アルスの部下たちはヴァンに襲いかかろうとした。 自分より体格の良い相手に対してヴァンは怖気つくわけもなく笑みを浮かべた。 何故か負ける気がしなかったのだ。 「俺はもともとお前らが大嫌いだ! 正直かかわりたくないが……一応契約したからな!」 剣を抜き構えると、ヴァンの周りに光が集まり始めていた。 *…*…*…*…* アルスと多数の部下たちは部屋で宝を物色していた。 瞳よりも大きい宝石、細かい装飾を施した冠、高価と見えるものが多々あり彼らの目を奪った。 だがそんな中、大きな音がした。何かが爆発したのか嫌な音だ。 同時にその装飾品達は一瞬で消え失せてしまった。 それだけではなく、部屋自体が消えうせ彼らは飛空艇の廊下に移動していた。 アルスは舌打ちをすると、急いで少女のもとへ戻った。 (やっぱりあの子は――) 部屋の前には怯えた表情の部下が後ずさっていた。 先ほど見張りを任せた者だった。 「何があったの!?」 アルスが部下に駆け寄り部屋の中を見た、そこには燃え盛る炎がうごめいていた。 服は舞った火の粉が飛び散り燻ぶる。 炎は波のように襲い掛かってくる。そしてその中心で人影が見えた――ヴァンだった。 「アルス、悪いが慣れてないから手加減なしだ。さっさと逃げたほうがいいと思うけど?」 炎の熱さの中、彼はそう言った。その表情は笑みを浮かべていた。 「ヴァン君! ちょっとどういうこと?」 「そんなことよりさっさと逃げたらどうだ? そうでもしないとお前たちの飛空艇に火が移るぞ?」 ヴァンは炎が舞う中、剣をアルス向けた。 さすがのアルスも血の気が引いたのか、顔色がだんだん悪くなってきている。 「あっあんた達、退散して!」 アルスは部下にそう命令した。 「ヴァン君、どーなるかわかってるの? カシラに言っちゃうんだから!」 盗賊といえ、宝より命のほうが惜しかった。何もを盗むことなく、逃げ去ることが第一だ。 悔しそうな声でアルスはヴァンにいい部下とともに自分の飛空艇へとうつっていった。 「これでいいんだなっ!」 不思議なことに、炎は自分たちには害がないようだった。 ヴァンはそれに触っても熱いとも思わないのだ。 「お疲れ様です。……では能力を止めていただけませんか? 私たちに影響は無くても飛空艇が、もちません……」 「それなんだけどさ……どうやったら止まるんだ? ……わかんねぇんだけど」 「……仕方がないですね」 軽くため息をつくと、先ほどのように彼女の周りに蒼い光が集まってきた。――能力を使うようだ。 そして光は水に変わりヴァンの頭の上から流れた。炎はすぐさま消え去った。 焼け焦げた天井や床が顕わになった。そしてヴァン自身も水を直にかぶった。 髪から服まで水浸しだった。 「これで火は消えましたね」 ユースはニコッと微笑んだ。その微笑みにヴァンは顔が引きつった。 内心やりすぎたと思ってしまった。 「……えっと、とりあえずこれで記憶消されずにすむんだろ?」 「そうですね。でも能力を作った以上、私たちの旅についてきてもらえますよね。 そうでなければいつでも消すことはできるんですよ?」 「まぁ……そういう契約だしな。それにやすやすと"紅月"には戻れないしね」 彼女の笑みに悪寒を感じながらもヴァンはそれを笑ってごまかすしかなかった。 溜息は出るがいつでも裏切ることはできる。今は紅月に戻りたくない気持ちのほうが強かった。 「さっきから気になってたんですけどその……紅月ってなんですか?」 「紅月っていうのはいわば盗賊たちの同盟だよ。 大体の盗賊団達はそこに入ってるんだ。 その方がいろいろと便利なこともある。俺もそのうちの一人なんだけどな」 「……うっ」 話の途中緑色の髪の少女――アーチェが起きたようだった。 まだ意識が朦朧としているのか、頭を軽く抑えていた。 「アーチェ!」 それに気づいたユースが急いで彼女に駆け寄った。 その声ではっきりしたのかアーチェは立ち上がろうとした。 しかしまだ身体に力が入っていないらしく、よろついていた。 「ユース様! ご無事ですか? ……これではランフォード失格ですね」 「そんなことはありません。私は大丈夫です。アーチェこそ無理しないでください」 アーチェは彼女の姿をみてホッとしたのか穏やかな表情になった。 だがすぐさま辺りを見回した。 「……さっきのやつらは?」 ユースに呼ばれたからか、彼女の意識ははっきりしたようだった。 しっかりとした声で彼女は言葉を返した。 「それなら大丈夫です。えっと……ヴァンさんが――」 言葉を聞いたとたん、アーチェの表情がかわった。ヴァンの方を見て表情は険しくなった。 「ヴァンさん、紹介させていただきますね。彼女は"アーチェ=ランフォード"、私の……ボディーガードってとこでしょうか?」 「……ユース様、彼をどうするんですか? この飛空艇に忍び込んだ盗人です。縄まで解いて……」 アーチェは心配そうな趣を見せながらユースに言った。ただヴァンに対する非難の目は変ることがなかったが―― 「一緒に旅するってことですよ。石を見られた以上そうするしかありません。 彼は記憶を消すのを拒んでいますし……契約しましたし、大丈夫ですよ」 「……ユース様がそう仰るのなら何も言いません」 アーチェは不満ながらにも納得したようだった。だが言葉とは裏腹にまだヴァンには冷たい表情を見せている。 「俺は反対だ!」 その声の先には起き上ったジルハがいた。 フォールが彼の肩にとまり、場に合わない可愛らしい声で鳴いている。 彼の意見に賛同するかのようだった。 「ユースさん! なんでそんな馬鹿を連れてかなくちゃならないんですか!」 「なっ、だれがバカだと! このチビ!」 「お前が馬鹿だと言っているんだ、阿呆!」 この二人から始まることは口喧嘩しかなかった。 どうもうまが合わないようなのだ。相手の言葉が気に入らない。 そしてまた言葉が飛び交う。 アーチェは呆れ返っていた。もう止めることさえ馬鹿馬鹿しい。 「二人が仲良くなれてよかったです」 よく意味が解っていないのか、ユースがそう言った。 こういう場に対しては彼女は疎いらしい。 「よくねぇ!」 「よくない!」 ヴァンとジルハは声をそろえて言った。 だが今度は飛空艇がぐらついた。 下に落ちる感覚。飛空艇の高度が落ち始めていた。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― |