第1章 4話 蒼の欠片
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 飛空艇は少しずつスピードをあげながら高度を落としていた。 そのせいか、少しずつ外面がはがれバラバラになっていき、外の景色が顕わになっていた。 ヴァンの能力により飛空艇の一部が燃えてしまったのもあったが、アルス達の飛空艇が突っ込んだのが大きい。
 ヴァンは最悪の状況が頭の中に嫌というほど浮かんだ。振り払い、場を逃げ出そうにも自分の小型船でさえ墜ちている。 抜け出すにもできない状態で彼はおどおどするしかなかった。足場も不安定で壁に寄り添いなんとか体制を保っていたが時間の問題だ。 そんな壁でさえはがれていっているのだから。
 ユースは能力を使おうと手のひらを差し出したが、既に光が出る気配はない。 ぐったりとした顔を見る限り、能力を使いすぎ限界にきているようだった。
「無理です、ユース様! それ以上使えば――」
 アーチェはそれを察し、すぐに止めた。それ以上能力を使ったら彼女がどうなるのか解っているようだった。
「けれど、このままでは……」
 そう言いかけ、ユースはがくんと膝をついた。 体力の消耗が激しかったらしく立つことでさえできなくなっていた。 その身体を支えるようにアーチェは彼女の腕を肩に回した。
「……やっぱり、俺のせい?」
 ヴァンの中の責任感が揺らいだ。原因を作ったのは自分であり、ユースを疲労させたのも自分である。 それを聞いたジルハはふうっと溜息をつきながら頷いた。
「……フォール!」
 ジルハに呼ばれたフォールは調子よく返事をし、彼に近づいた。 落ちているのに気がついていないのだろうか、先ほどとまったく変らぬ様子だった。
「ここを抜けだせれば平気ですね、ユースさん」
「……はい、それで大丈夫です」
 ジルハはそれを聞き、フォールの頭を撫でた。
「フォール、あれに変化してくれるか?」
 フォールは勢いよく返事をした。そして飛空艇の外にでると音と共に能力――変化した。 変化したもの、それは大きな龍だった。とはいっても、フォールが変化しているせいか龍の顔が愛くるしい。 その大きさは飛空艇にいる人間が乗るには十分だった。
「ははっ……能力ってなんでもありかよ」
 ヴァンは関心――すこしあきれながらもヴァンは言った。
 アーチェはユースを支えながら慎重にフォールの背中に乗った。ジルハもそれに続いた。
「はやく乗りなさい!」
 アーチェが背の上でヴァンに叫んだ。
「だっ、だけど……」
 この高さから落ちても下は森林が生い茂っている――運がよければ助かる。 だからといって自分の命をそこまで軽視できるほど彼は堕ちてなかった。 だからといって素直について行くのは気が引けた。矛盾した思いが彼の中をめぐる。
「――っ、おい! そこの馬鹿!」
 そんな彼の思考を遮るようにジルハは叫んだ。
「なっ……」
「目の前で死なれるのは困るんだよ!」
 さっきとは一転変わったジルハの態度にヴァンは驚いていた。
「ほら!」
 揺れるフォールの背中から、ジルハは出来る限り右腕を伸ばし、ヴァンに手を差し伸べた。
躊躇いつつも、彼は黙ったままその手をとった。

*…*…*…*…*

 飛空艇とヴァンが乗っていた小型船は森に墜落した。 大きな音をたて落ちたその場所からは鳥たちが一斉に飛びたった。 2つとも跡形もなかく、部品が散らばっている。 そのままフォールは飛空艇と小型船が落ちた場所近くに下りていった。
火はあまりでず、森を焼くことは無かった。 しかししばらくの間、辺りは粉塵でまみれて視界が悪かった。 やっと晴れると、そこには飛空艇の残骸が散らばっていた。
「幸い森に落ちたせいか被害はありませんが……どうします? ユース様」
 アーチェが残骸から数点部品らしきものを拾い上げた。 直そうにも直せそうに無いくらい無残なものだ。
「跡形もないですね」
 ユースは飛空艇の残骸に近づいた。あれだけの質量が落ちたのだから仕方が無い。
「移動手段は必要ですしね。創りなおしましょうか」
「ユース様、まだ能力のほうが完全に回復したわけでは……」
「大丈夫ですよ。少しは休めましたし……私が創っている間に食べ物や服などを頑張って見つけてください」
 ユースは心配させぬようにと疲労を顔にださずに言ったつもりだった。 しかしアーチェは解っていたらしく、無理しないようにと付け加えて踵を返した。
「……創りなおすって、どうやって?」
 ヴァンはユースのいった言葉を疑問に思った。
「能力にきまってるだろう」
 ジルハは何も分かっていない様子のヴァンに呆れていたのかもしれない。 ヴァンは彼に反抗しようと、ジルハのほうをみた。
 だが彼はもうヴァンを見ておらず、自分の懐にいるフォールを見ていた。 小さな龍は喉を愛らしく鳴らしながらジルハの服に潜り込み眠っていた。龍も能力を使い疲れているのだろう。 そしてジルハの表情も先ほどとはかわっておだやかだった。
「……なんだよ」
 ヴァンの視線に気づいたジルハはすかさずいった。一瞬見せた表情とは大違いに不快な表情をみせる。
「さ……、さっきは悪かった……ありがとなっ」
 そうヴァンがいうと彼は一目散に自分の小型船の場所に向かった。 これが彼の精一杯だった。そんな言葉を言われたジルハも少し照れくさくなった。


 遠くで蒼く光っていた―ユースが飛空艇を創りなおしているのだろう。 ヴァンは光をみながらそんなことを思った。
「うわー、もう無理だな……」
 小型船は飛空艇よりも離れた場所に墜落していた。 外装がはがれおち、座席は燃え落ちていた。 肝心のエンジン部分も爆発したのか使い物にならない。 これで彼は移動手段を無くし、大きなため息をついた。 少しだが期待していた部分も彼にはあった。それでも燃えてしまったのは自分の力のせいであるし、もとより捕まった自分が悪い。
 実際、小型船が無事であったら一目散に彼女らから逃げているのだ。 さすがに逃げるだけでは後味が悪いから近隣の町で助けを呼ぶだけでもしようとした。 しかし全ての退路は断たれてしまった。 たとえ紅月に今回の情報がいっていたとしても、自分の居場所はそこにしかないのだ。 帰る場所を失った彼は肚をくくった。
「やるしか……ないか」
 今まで自由に生きてきた分の報いなのかもしれない。流されるまま流されていくのもまたおもしろい。 場が悪いと思えば逃げ出せるはずだ。いくらでもチャンスはある。その時まで――
 ふと目を違う場に向けると小型船から放り投げだされた鞄があった。 革でできているからか、少し焦げてしまったが使うには問題は無い。 ヴァンは中を開いた。 通信機、食べかけのパン、読みかけの古代書、そして―― 彼はそれらが無事だったことにほっと一息ついた。そして嬉しそうにある袋を手にとった。

*…*…*…*…*

「……これで完了ですね」
 墜落し、ばらばらに壊れ果てた飛空艇はもうそこにはなかった。 散った部品はすべてユースの能力により再利用され、組み直された。 基になったのは以前の飛空艇だが、新品同様の飛空艇があった。
 アーチェはどこから質量を得ているのか、と自身の主の異常なる"能力"に疑問ばかりだった。 飛空艇を創り出すさまは前にも見たが、段々と複雑としたものまで創れるようになっている。 その分、彼女の疲労も激しいのだが能力が増しているように見えた。
 ぶつぶつと考え事をしていると、彼女の前でユースがまたがくんと座り込んだ。 アーチェは能力の後遺症を解っていたのに支えることすらしなかった自分が恥ずかしかった。
「ユース様……大丈夫ですか?」
 アーチェは手を差し出し、ユースはその手をとった。 まだあまり足に力が入っていないのか、震えながらも彼女は立ち上がった。 彼女自身も能力を使いすぎたと解っていた。
「大丈夫ですよ」
 気持ちを察してか、ユースは明るい笑顔をあえてつくった。 アーチェの場合、本人は気づいていないが考えていることが顔に出やすい。 ユースと彼女の付き合いは長い。ユース自身わかりきっているのだ。
「……本当にあいつを連れて行く気ですか?」
 ジルハはヴァンを拒否していた。 先ほど助けたのは自分の前で死なれるのが嫌だったからこその行動であり、ヴァンのことはまだ気にくわないらしい。
「一緒に行きますよ。……ジルハ、あなたの気持も解ります。でもこれはもう決めたことです。それにあなたにも良い機会だと思います。 様々な人と触れ合うのも勉強のうちです。あなたの名に恥じぬように成長しないと民は認めてくれませんよ」
「それは……解ってます。それでも俺はまだあいつを認めていないのは知っておいて下さい」
 ジルハは不服そうな表情を見せた。 だがジルハ自身否定する権利を持っていないのは確かだった。
「本当にそのままあるし……」
 ヴァンは鞄を肩にかけ、白い袋を手に持って飛空艇に近づいた。
「能力ってなんでもできんだなー」
「逃げたと思ったけど、……まぁいいわ」
アーチェの言葉にぎくりとしながらもヴァンは歩を進めた。
「……ヴァンさん、その袋なんですか?」
「まぁ、盗品ってやつだよ。昨日ある貴族から盗んだ」
 その貴族というのがアルス達が狙っていたホシだったとは言わないほうが良いだろう。
 ヴァン以外は顔を見合わせた。すこしあきれつつもその袋の中身を見た。
「それにしても……凄い数ね」
小さな宝石から、大きな装飾のついた指輪まであり換金すればしばらくはもつだろうと彼は付け加えた。
「でもこれ盗品だろ?」
 ジルハがヴァンの顔を見ながらいった。
「……俺はこれが本業なんだよ。それに俺はこれでも義賊なの。 こんなちっぽけな指輪一つで貧しい奴は救われんの。 指にはめて自慢するだけの貴族なんかよりもずっといいと思うけど」
 胸をはって言うことではないが、実際そうなのだと肯定するしかなかった。
「……これはもしかして――」
 ユースは1つの宝石を採った。蒼く小さな欠片――それが蒼白い光を発しはじめた。 微弱だが、蒼白く輝くそれはヴァンが触ろうとした欠片に似ていた。
「……なんだ?」
「共鳴でしょうね。おかしいとは思っていたんです。ずっと光っていましたから……」
 ユースはそういうと能力を使い異空間から同じように輝く欠片を取り出した。 似ているではない、その欠片の持つ雰囲気が、存在が同じだった。
「やっぱり、封印石の欠片です」
「……封印石?」
「この欠片は封印石の一部なんです。あとで説明します。これを頂いてもよろしいですか?」
「別にかまわないけど……」
 ヴァンがそういうとユースは能力だろうか、欠片同士をくっつけると能力で異空間へ戻した。 なぜそこまでするのかヴァンは解らなかった。
「……そうですね、説明は飛空艇のなかで行いましょうか」
 彼女はそう言うと飛空艇の内部へと彼を案内した。

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