第1章 5話 封印石 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― 飛空艇の中は壊れる前とさほど変っていなかった。殺風景だった通路もそのままだ。 案内されても中は異様なほど大きく解りづらいだけだった。 ユースの能力のせいだろうか、どうやら飛空艇には創り出された空間も交じっているようだ。 最後に談話室と呼べる部屋にヴァンは案内された。そこにアーチェとジルハの姿はなかった。 ソファーに座り、ユースはヴァンを見つめた。 宝石よりも澄んだ蒼い瞳に吸い込まれそうになった。 そして彼女は微笑むと口を開いた。 「まずは……そうですね、巻き込んでしまいすみません。 本来なら記憶を抹消するのですが……。今ヴァンさんが望むなら、記憶と能力を消しますよ?」 「……いや、いい。その石のこと知りたいし。俺は盗人だけど、一応トレジャーハンターもしてるんだ」 「そうなんですか。では……付き合う覚悟をしてくださいね」 覚悟――ヴァンは心の中で裏切ることを決めていた。 そこまで深く関わるつもりはない、否関わってはいけない。盗人の世界での暗黙の了解だ。信用を得て最後には裏切る。その覚悟はできていた。 逆に会って数時間しかたっておらず、盗む目的で入ってきた人物を信用するこの少女の方がおかしいのだ―― 「先ほど頂いたこの欠片も含め、それらは"封印石"と呼ばれるものの一部です。私の一族、エルエン族が護人として護リ続けてきた特殊な石です。 これらにはあるものが封印されていると聞いています」 「あるものって何だ?」 ヴァンは遠慮なくユースに訊いた。 「……正確ではないのですが"禍"といわれています」 禍――そう言われても曖昧すぎて解らない、それが彼の本音だった。 「……ふーん。でもなんでその石が割れたんだ。そんな大事なものならなおさら――」 「およそ十年前……私達の一族は魔族に襲われ、私だけ生き残りました」 何故か、と言葉を発しようとしたが躊躇った。彼女の一族はもう皆いない。そう考えるとヴァン自身辛いものがあった。 ユースは言葉を噤んでいたが、重たい声で話しを続けた。 「そのときなにかの力が働き封印石が無数に割れ世界に飛び散ったんです。小さな欠片だけでも大きな力が働きます。 私の能力で創った異空間――結界を張りその力が及ばないようにしています。けれど近年災害による被害、国が滅びるなど 封印石がおおきくそれに影響しているのは間違いありません。だから私は集めきらなくてはならないんです。エルエン族の生き残りとして」 彼女は悲しい過去をゆっくりと語った。 初対面の自分にそこまで話していいのだろうかと思ってしまうほどだ。 「なんで……そんなことがわかるんだ? その石のせいじゃないかもしれないだろ」 「由来はあるんです……私の一族に伝わった予言です」 予言が総てを語っていると言いたげだった。ユースはそっと息を吸うとゆっくりと予言を述べた。 我指し示す 進むべき路の果て 汝らの次元 千の時を越え 三界の封印は解ける 一を蝕むは力なり 割れた世界 元には戻らぬ 世に禍をもたらす力 拒むことならず 闇に誘へ 闇に帰せ 汝の罪 トレジャーハンターとしてそれなりに活動もしてきた彼だったが、どうしてもその予言が呪文のようにしか聞こえなかった。原文を見ない限り、意味は解らないだろう。 「えーっと、要するに封印石を集めねーと禍が起こるって事なんだろ。でも欠片が集まりきったらどうなるんだ?」 「私にもよく解りません。まだこの予言も解読途中です……けれど再度封印します。 それが私の役目……使命なんです。私のもつ能力もこのためにあるんだと思います。早くすべて集めなければ……魔族も動き始めていますし……」 ユースは首元にそっと手を当てた。 「なんで魔族が? 魔族って"人界"には干渉しないはずじゃないのかよ?」 ヴァンは疑問に思った。"魔族"、それは地界に住む者のことを指す。彼は魔族に対しての知識をあまり持ってはいなかったが存在は知っていた。 真紅の瞳を持ち、魔術を使う特殊な一族――だが彼自身会った事はない。知っているのは自分らの世界――人界には干渉しないということだけだ。 「それもよく解りません。魔族が住んでる"地界"にはあまり関係ないことなんですが」 「そっか……」 ヴァンはむりやり納得した。 深いことを聞いてもどうせ最後は裏切るつもりだ。彼がいままでやってきたことといえば情報を多く引き出すこと。 それが紅月で役に立つかはわからないが―― 「それにしても……トレジャーハンターとしてそれなりに活動してきたけど、封印石や禍といったことは見たことがないな」 「封印石やエルエン族は歴史に記載されることはありません。禍を呼ぶ石が記されてしまえば混乱を招きますし、一族の住まいもなくなってしまいます。 そのため知っているのは王族や、それに仕える一族のほんの一部です」 「なるほどね。……禍が起こるかもってことを王族に伝えておけば回収も早いんじゃないか?」 「王族に伝えても混乱は起こります。先ほど言った通り一部の王族しか知りません。 ……エルエン族は嫌われているんです。話を聞いてもらえるとは思ってません。 それに……あまり考えたくはありませんが、欠片を悪用する人だっているかもしれません。 それを思うと秘密裏に回収していくしかないんです」 話が進んでいくうちに部屋の扉が勢いよく開いた。 その瞬間急に視界がクリーム色の何かに覆われ、ヴァンは奇声を上げた。 顔にしがみつく何かを引き離そうとそれに触ってみると羽根があることがわかる。 その首元を掴み取り顔から引き剥がした。 「て、てめぇ……!」 龍は愛くるしい鳴き声で彼を笑うと、すぐさま彼の手から抜け扉の方へと飛んでいった。 そこにはアーチェ、そしてジルハがいた。 「ユース様、準備できました」 「そうですか。ありがとうございます」 ユースは笑みを浮かべながら言った。その表情にヴァンはまた悪寒を感じた。 「な、なんの準備だよ」 「決まってるだろう」 冷めた声でジルハがヴァンに言った。 「能力の扱い方が下手だから飛空艇が墜ちた。だから俺とアーチェで特訓するんだよ」 ジルハの顔から笑みがこぼれた。 「はあああぁぁぁ?」 ヴァンは言ってる意味がわからなかった。たしかに先ほど身につけたばかりの能力だ。操るのは難しいに決まっている。 「……と、いうことなんで頑張って下さいね」 ユースはそう言うとヴァンに微笑んだ。その表情返しに彼は顔が引きつった。やっぱり直ぐに裏切ればよかったか―― 「ジルハ、彼を頼みますね」 ジルハはフォールに縄に変化するように言い変化した縄をヴァンの首にかけて引っ張った。 動物を扱うかのような行動にヴァンは怒りがこみ上げる。だがフォールが変化した縄はワイヤーのように頑丈で抜けることはできず、反論することしか出来なかった。 「痛っ! まだ話が終わってねーんだよ! っておい、聞いてんのかよ!」 ヴァンはジルハにそういったがずるずると引きずられていた。正直ジルハの鬱憤をはらすような感じだ。 扉が閉まり、ユースは一息ついた。彼女は立ち上がり近くの窓にそっと手を当てた。 「ユース様、お休みになられては? 能力を使いすぎたはずです」 その場に残ったアーチェが彼女の主に声をかけた。 何度も異空間を出したこと、能力を与えたこと、飛空艇を作り直したこと、全てが負担になっているのは間違いない。 「大丈夫ですよ。とにかくヴァンさんを頼みます」 その言葉にアーチェはすかさず反応した。 「……あたしもジルハと同意見です。何故あの者を連れていくのですか、理解できません」 「……何故でしょうね」 実際のところ既に彼女の中での答えはでていた。 たとえ反対されようが、これは自分の裡で決めた事だ。 だがそれをアーチェの前で言うのは気が引けたのだ。 「アーチェ、私は間違っているのかもしれません。ヴァンさんに言われました、王族に事を話せばと…… そうすれば封印石は集まるのかもしれません。それでも――」 彼女はヴァンの考え方が羨ましかった。だがその考え方を自分はできない。 「世界中の人達にその存在を知られては困る、でしたね」 アーチェがユースの言葉を補完するかのように言った。その言葉にユースは頷いた。 「ヴァンさんの考えることもわかるんです。 けれど石の力を悪用する者もいるかもしれません……そうなってしまうことを考えると怖いです。 ……事実、エルエン族を知っているのはほんの一握りだけです。 実際には滅んだ一族とされていて生き残りはいないことになっています。そんな私の言葉を信じてもらえることはきっとないでしょう」 「ユース様……」 「アクティの王もきっとそうなのでしょうね。だからこそ軟禁されていたのでしょう?」 「ユース様、やはりお休みください。夜、人は悲観的なことしか考えることができないといいます。そのような考えはおやめください」 確かにそうなのかもしれない、とユースは思った。窓から見える景色は既に闇に包まれている。 黒く、重い考えしかできないのかもしれない。それでも事実なのだ。 「すみません、でも本当のことです。……アーチェ、少し独りになりたいので……はずしてくれませんか?」 「解りました……」 アーチェが出て行くのを見送りユースは部屋に残った。 そして独りきりになった瞬間彼女は首にそっと手をあてた。 青く幅広いベルトのようなものを首に巻いているのだ。 「……もう、時間は残っていませんね」 ユースは一人呟いた。自分に言い聞かせるように―― ヴァンを連れて行く理由、それは憧れだったのかもしれない。 自分にはないもの、自由に満ちている。これは賭けだ。 飛空艇から見えた空は闇に満ちていて、彼女の心そのものだったのかもしれない。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― |