第2章 6話 能力と左腕〜真紅の瞳〜
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 飛空艇で起きた出来事から一週間が経過した。 ヴァンは逃げることは容易にできるが、彼はあえてそうしなかった。 肚をくくったというのもあるのだが、何より飛空艇ここにいなければならない気がした。 何故そう思うのか自身でも解らないのだが、それでもついていくしかない。
 自分を含め周りにいた人間は紅月に所属しており人から奪うことで生活をしている者が多かった。だが飛空艇にいる人間は違う。 彼らは自分らの"使命"をやり遂げようと模索していた。 ユースが封印石を集めるように、アーチェとジルハも何かしらの使命を持っている気がした。 彼らに比べてただ逃げているだけなのではないかと考えはじめた。だからこそ、やり遂げる瞬間を見たいとも彼は思ったのだ。
 ヴァンはふうっと溜息をつき、ベッドから起きあがった。 飛空艇を再度創りなおす際、彼女は部屋を一つ用意してくれた。 まだ慣れない真新しい場所を見渡し、両腕を空に伸ばす。
「今日も……か」
 肩をゆっくりと回しながら彼は降り立った。

「そろそろお昼にしましょうか。あんたも疲れてるしね」
「そりゃ、ありがたいね……」
 今日何度目だろうか分からない溜息をヴァンはつくと、剣を放り投げその場に寝転んだ。 呼吸を整えようにも苦しくて無理だった。体力はある方だと過信していたが、能力を使うと一気に消耗してしまう。
「一週間前に比べれば大分操れるようになったわね」
 アーチェは疲れを見せるそぶりは無かった。 ヴァンの能力である"火"を避け続けたというのに息一つ切れていなかった。
「なんで俺の能力は剣がないとダメなんだ?」
 ヴァンは放り投げた剣を手繰り寄せた。彼の自慢の剣は刀身が硝子のように透明であり、その刃に写る自身の姿は無様だった。 彼はぐっと剣を強く握りしめると、刀身が光り出し火がまとい始めた。 だが直ぐに火は消えてしまう。それでも剣がなければ能力は使えず集中を切らせば意思とは関係なく暴走する。 本当にユースのように何も使わずに思い通りに使えるようになるのだろうか――
「言ったでしょう? 能力を操るのは自分自身の心だって。あたしだって能力を使いこなしている自信は無いわ。 一朝一夕で操れるほど簡単な力じゃない。剣を媒介として力を使えるだけましだと思うわ」
 アーチェの能力をヴァンはまだ見たことがなかった。持っているとは聞いていたが、 そんな彼女でさえ自信がないと言っている。そう考えると自分はまだまだだと思ってしまう。
「心、ねぇ……曖昧だよな、本当。それにしても、これはこれで不便な能力だよな」
 剣がなければ発動しない能力――自分の未熟さがでているのかと思うと胸が痛んだ。 もし剣が無くなってしまったとき、能力は使えるのだろうか。それも心次第だというのならヴァンには無理な話だった。 自分の心の裡をしっかりと見据えたことは無い、否考えたくない。
「……お前が未熟なだけだろ。そこまでの人間ってことだな」「ピュウ」
 扉の前で見ていたジルハとフォールが言った。 どこかふてくされている。
「なんだと……お前には能力すらねえじゃんか!」
「ユースさんに創造してもらった能力のくせにな……それにお前は能力ある人間だけが強いと思ってんのか? やっぱし馬鹿だな」
「……なんだと、このチビっ!」
「やるかこの馬鹿!」
 お互いタブーの言葉を引き当ててしまったせいか、口喧嘩はいっそう激しく頭上を飛び交った。 その中で一番あきれていたのはアーチェだったのは言うまでもない。
「また、か……今日何回目よ」
 大きな溜息をついても二人は気付かず口喧嘩は続く。 アーチェは頭を抱えながら部屋を出て行った。
「やるかっ! このやろう!」
「力も使いこなせないのに俺と戦う気か」
 ジルハの挑発にヴァンはのり、鋭い剣を抜き構えた。 剣先が紅い光を発し、焔が舞うと火の粉は無数に飛び散った。 纏った火はヴァンの能力、彼だけ熱さ感じない。場所は風通しがよく、熱風となってジルハを襲う。
「……能力使うなら俺は――」
 ジルハがそういうとフォールは光を発し変化した。
「……左腕ねぇ」
 ヴァンが見た先には先ほどまでなかったジルハの左腕だった。左手の甲にフォールの額にあった紅石がついていた。 何か違ったオーラが身を纏った彼の姿は異様だった。
「これでいいな」
 ジルハは構えた。左で剣を握りながら勢いよくヴァンに挑んでいった。 ジルハの剣はヴァンの胸をめがけてきたがヴァンはそれをさらりとかわした。 剣戟の鈍い音が部屋の中で響く中、二人ともまだ本気を出していない――序の口だ。
「俺だって一応紅月で生き延びてきたんだ。そんなん当たんねーよ」
 ヴァンの剣に疎らに散っていた炎は次第に剣先へと集まっていく。
「今度はこっちの番だ!」

*…*…*…*…*

 部屋から出たアーチェの向かった先は飛空艇の操縦部屋だった。自動操縦とはいえ針路確認は怠ってはならない。 ユースが創った飛空艇は本質的には他の飛空艇とは変わらない性能がありそれ以上ともいえる。 だが異様なほど軽い。金属部分を差し引いても比べれば軽いのだ。空高く舞う飛空艇にとっては軽すぎて風に進路をもっていかれることがある。 また燃料は無く、全て彼女の能力によって動いている――速さは彼女の体力次第だった。
 針路が正確であることを確認すると、アーチェは部屋に誰かが入ってきたのに気がついた。
 振り返った瞬間目に映える銀髪――アーチェの主がいた。一週間が経過したとはいえ、能力による疲労は激しく彼女を蝕んでいた。
「どうかされましたか、ユース様?」
「いいえ……なんでもありませんよ」
 臥せていれば余計にアーチェに心配をかけてしまう。それをユースは解っていたのか、必死に顔を上げて答える。
「まだ、身体の方が回復されてないのでは……」
「大丈夫ですよ」
 ユースはそう言い微笑んだ。思ったとおりの言葉にそういうしかなかった。
「なら良いですけど……」
「そういえば……アーチェ、あの二人は?」
「あぁ、またいつものやってますよ」
 飽きれたものぐさで彼女は言った。一週間、短い期間の中で彼らが喧嘩をした回数は計り知れない。 ユースはそれを聞くとほほ笑んだ。
「そうですか、でもジルハにとってもいい機会です。きっと大丈夫ですよ」
 部屋の真正面にある大きな窓、そこから下に広がる世界が小さく見える。そっと手を硝子にあてながらユースは真っ直ぐ前を見た。
「ユース様、次の欠片は……」
「わかりません。でも封印石の欠片がある所には必ず禍が起こります。 ヴァンさんの持っていた袋にも欠片が入ってました。彼に起きた禍は一週間前の事とみて……いいでしょうね」
 自分達――自分自身に関わってしまったことが彼の禍だとユースは思った。人界において封印石の存在を知っているものは少ない。 それを成り行きとはいえ教えてしまった事に罪悪感を感じていた。
「ジルハの件もありますし……世界各国で起こっている禍、そして封印石の共鳴を待つしかありません」
 禍が起こらない限り封印石を探し出すのは至難する。どうしても後者にまわってしまうのがもどかしかった。 ユースは操縦部屋の大きな窓の外、空の彼方を見つめていた。
「……一度キャンターに――故郷に戻ろうと思います。……何か解るかもしれません」
「ユース様……決めたことならあたしは何も問いません。ですが解っていますよね、それは――」
「アーチェの言いたいことは解っています。それでも私は行かねばなりません」
 言葉を遮った彼女の声には強い意志が込められていた。 アーチェはぐっと息をのみ、唇を固く結んだ。
「ならば国の中心部は避けてキャンターに向かいましょう。あたしも能力を使って出来る限り、欠片の情報をつかめるようにします」
「ありがとうございます、アーチェ。ところで――」
「はい?」
「さっきから聞こえてくる音とこのゆれは何なんでしょう? また盗賊でしょうか?」
 盗賊が侵入しているわけはなかった。侵入された時点でアーチェが感づくはずだ。 だがユースが言ったとおり飛空艇が揺れ、何かが壊れる音がしていた。

*…*…*…*…*

 鈍い音が部屋中に響く。ヴァンとジルハが壁にそれぞれたたきつけられた。 小さな呻き声を上げたが余裕そうな笑みをヴァンは見せた。ゆっくりと立ち上がり剣を握り直しす。
「フン、そんなもんかよ」
 背中がズキズキと痛んでいる。今まで何度も喧嘩はしたがここまでやったことはない。だが両方ともまだ本気を出しきってはいなかった。
「そっちこそやばいんじゃないのか」
 ジルハが強気に反論する。口元を切ったのか右腕で軽く拭っていた。
 そしてまた互いの剣が交差する。今度は鋭い音が響いた。 ぐぐっと力を込めヴァンはジルハに迫った。そして一瞬ジルハの力が抜けたのを逃さず彼は剣を振り上げた。 同時にバランスを崩しかけたジルハの目の前に剣先を向けた。
「お前は勝てねえんだよ、何も出来ないくせに威張ってんな!」
――ナニモデキナイ
 ヴァンが勝ったと確信した束の間、ジルハの雰囲気が一転した。
――オマエニナニガワカル
 禍々しい雰囲気に包みこまれヴァンは悪寒が走った。 声をかけようにも見つめられた瞳に吸い込まれそうになる。先ほどまで橙色だったジルハの目は段々と真紅に染まっていく。 いつの間にかフォールの変化がとけフォールは床にたたきつけられていた。 紅く光った目はヴァンをじっと睨みつけていた。
「な、何の冗だ――」
 やっとのことで出た言葉も言い終わらないうちに、視界からジルハは消えた。 辺りを見回そうとしたが遅い。背後へとまわり剣先を胴へめがけている。 ヴァンは咄嗟に自身の剣で防いだがジルハの力は先ほどの数倍はあり、勢いよく吹き飛ばされてしまった。
 追い討ちをかけるかのように、一振り、二振りと攻撃は続く。 何度もその剣劇を防いでいたがどんどんと追い詰められているのが彼は解っていた。 気付いた時にはもう遅く、壁により彼は退路を断たれた。 そして次の一振りで、彼の剣は床に落ち手元から外れた。ヴァンは攻撃手段――能力の媒体を失った。
 ジルハの瞳は自我を失ったかのように冷たい。見つめてくる視線に自分は固まってしまったかのようだ。 動きたくても体が動かない。先ほどのように声を出そうとしてるのに声はでない。
 真紅の目が鋭く光り、ジルハは剣を彼に再度向けた。剣先がヴァンの方を向いても声を上げることができなかった。 冷やかな瞳には感情が何もこもっていない。哀れみもなく、憎しみもない、唯の人形のように――そして剣は振り上げられた。 

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