第2章 8話 悲運の人魚〜孤島の本〜
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――水上都市って本当にあったの?
 親友の何気なく放った一言が彼女を上の世界――地上へと導いた。 かつてあった場には珊瑚礁の塊が海面下に残っているだけだった。
 水面から顔を出すと孤島"サウリース"の美しい夜景が広がった。 鱗や尾びれの無い、ただの人間があの島にはたくさんいる。それだけで彼女の胸はときめいていた。 月の光が自分の鱗に照らされて瑠璃色が一層と映える。歌いたくなるほど心地よかった。 だが不意に水の跳ねる音がした。珊瑚礁に波打つ音ではない。
「誰かいるの?」
 彼女はそっと声をだした。人がいるわけがない。そうだ、もしかしたら同族かもしれない。
「……人魚?」
 彼女はその声に身震いした。珊瑚礁に手をかけこちらを見上げてくる人間。 声の主は海に半身を浸かった一人の若い男だった。

*…*…*…*…*

 季節は秋へと向かい、照りつける太陽の光も穏やかになると思われた。だが一行が訪れた土地は温暖な地とはいえ異常な暑さだった。 暑さに耐え切れなくなったヴァンは上着を腰に巻きつけ、滲む汗をグローブでぬぐった。
「なぁ……こんな島になんか用あんの?」
 ヴァンが一人愚痴る。彼の言った通り、その島は何もない。 ほとんどが海に浸食され、極め付けに街は廃墟の山。建物の残骸がむなしくも山となり積まれている。 海の水を浴びてか植物も塩害にさらされていた。そんな場所に人が住んでいる用には思えなかった。
 食糧を確保するために降り立ったのではないのかと、ヴァンはぶつぶつと文句を流していた。
「この島はここは"サウリース"という小さな島です。今はこんなに荒れていますが……四年程前までは栄えていたはずです」
 この風景に四年前というのを想像するのは難しかった。荒れ果てた島はいつ沈んでもおかしくないほどだ。廃墟化した家の中へ入っても外とあまりかわりない。 建物自体がほんのりと赤く染まっておりその場で起きたことを思わせる。
「こういう所の方が封印石ってあるものなんですよ? たった数年でここまで被害がでている……封印石が影響しているとしか思えませんよ」
 ユースは言い切ったが封印石が影響している可能性がはっきりと決まった訳ではない。 ヴァンにとっては少々納得できなかったが、彼女についていくしかなかった。
「そういえば……お前の首から下げてるの欠片か?」
 ヴァンがユースの首から下がっているペンダントを指した。球体にも及ばないほどの蒼い欠片だ。
「そうです、ちゃんと結界を張ってありますし影響は出ません。ですから大丈夫ですよ」
「大丈夫って、お前さ……」
 ユースはヴァンの不安げな言葉を振り払うかのように微笑んだ。さすがの彼もその顔を見ると何も言えなくなってしまう。
「あたしは向こうを探してきます」
「待ってください、アーチェ。私も行きます」
 ユースはアーチェの後を直ぐに追い、廃墟の山を一つずつ崩しながら調べている。 それをヴァンはただ呆然と見ていた。
「こんな場所にあるわけねえじゃん……」
 彼はぼそっと呟いた。それを聞いていたのかジルハは同じように呟いた。
「……おい、誰がバカだって?」
「聞こえていたのか? そういうのに対しては反応が早い」
 ジルハは相変わらずの生意気な口調でヴァンを見下した。嘲笑うその態度にヴァンも頭にきてしまう。
「このチビ!」「ピュゥ!」
 ヴァンの言葉が気に障ったのかフォールまで乱入してきた。 主人を馬鹿にされたからだろうか、ヴァンの顔にしがみつき離れない。
「……ユース様、もう少し奥の方を調べましょう」
「そうですね」
 その場だけ騒々しすぎたせいかアーチェは相変わらず飽き飽きした態度だ。 先日の事で少しは仲良く――なんて期待していた自分が馬鹿みたいだったからだろう。 ユースも同意し彼らを無視して離れたところでユースとアーチェは作業を再開した。


「……本?」
 アーチェは本を二冊見つけた。 一つは紙が水に濡れた後乾いたようでインクが滲んでおり、全体が赤みを帯びていた。 中身は一部分が辛うじて読めるようなくらいだ。それは島の歴史書のようだった。
 もう一つは先ほどのとは違い劣化もしておらず、水に濡れた形式もなかった。 内容を読もうにも、それには鍵がかかっており何もわからない。
 私物と思われるものはこの島を出てく住人が持っていったはずだ。 瓦礫の下に残ったこの二冊は不要だったのだろうか。その廃墟を見てもほかには何も見つからなかった。
「アーチェ、なにか見つけました?」
 ユースがアーチェの持っているものに気づき、近寄った。 彼女は鍵のついた本を受け取ると彼女はまじまじと本を見つめていた。 もう一冊とは何かが違う、そう感じるのだがユースはそれが何なのかはわからなかった。
 アーチェは表紙をめくり、読めそうな部分をじっくりと解読していった。
「……この海には人魚――鱗族が住んでいた、そうです」
「人魚ですか?」
 人魚――実際には見たことがない。多くの異種族が住む国にはいるだろうが人界はかなり広かった。
「どうやら数十年前、鱗族が住む水上都市がこの島の近くにあった卓礁にあったようです」
 滲んではいるが絵には色とりどりの建物が描かれていた。
「ですが急に"姿が現れなくなった"そうです」
 それと補足を加えるように水上都市も沈んだようだと書いてある。 その後のページは劣化が激しく、肝心の鱗族の消息はわからなかった。
 アーチェはゆっくりと息を吐き、目を閉じ意識を本に集中させた。周りが光り始めると、光が本を取り巻いていった。 そして現れた光の球を彼女は取り込んだ。能力を使い失われただろう情報を引き出そうとしたが、それ以上のものは得られなかった。
「ユース様、これ以上の情報はもうありません。そちらの本の鍵は壊しますので貸していただけ――」
 アーチェが瞼を開いた瞬間蒼い光が視界を覆った。ユースが能力で鍵を作ったのだ。
「ユース様!」
「これぐらいでは倒れませんよ」
 アーチェの心配をよそに、ユースは宙に浮いた鍵をとった。 鍵穴に差し込み、日記を開くと先ほどと同じように調べていく。 内容はほぼ私的なものだった。今日起こった出来事から海の様子―― だが今から四年程前のものだ。滅びた原因が書かれていないかじっくりと読んでいく。 そして数枚めくったところでユースは手を止めた。
「……鱗族は四年前に地上に上がってきたようですね」
「えっ?」
「この日記の書き主は人魚に会っているようです」
 アーチェもその言葉に興味がひかれたのか、本に目を向ける。一度は姿を見せなくなった鱗族――人魚がいた。 それだけでも封印石と何か関係しているのかもしれない。ユースは止めていた手を再び動かしページをめくった。
<人魚の血は不老不死の薬の元になることを知った>
 彼女は書かれていた文章に目を見開いた。不老不死、魔族はそうだと聞くが人間が? それはないだろうと――ユース自身それを声にだすことができなかった。
<――全ては僕の罪だ。彼女になんて伝えればいいんだ……>
 それ以降のページは真っ白だ。だが最後のページには紅くかすれた文字で何かが書かれていた。 だがそれは見たことのない文字で解読はできない。ユースは不審に思った。古代語ならば時間はかかるが解読はできる。 つまりこの文字は人魚に伝わるものなのであろうか、"彼女"という存在が人魚を指すならば。
――間違いなく封印石がかかわっている……
 そんなとき地面が大きく揺れた。廃墟の山は崩れ、波は高く上がり、島全体が崩れていく。 アーチェはとっさにユースの名を上げると彼女に覆いかぶさった。幸い揺れは早くにおさまったが大分あたりが崩れてしまっている。
「ユース様、大丈夫ですか!」
「大丈夫です……二人は?」
「俺達はここだ……」
 いつもより弱弱しいヴァンの声がした。廃墟の山をどけながらヴァンとジルハがきた。 ヴァン額からは血が流れ出ていた。
「何したの、大丈夫!?」
「あぁ、これはジルハとケンカしていて不注意で自分でやっちまったから別に……あんまし大丈夫じゃねぇかも」
 ヴァンは頭をおさえ、座り込んだ。喧嘩の途中揺れのせいで落ちてきた廃墟の欠片に気付かなかった自分が悪い。 だがそんなことをいってるうちに血は地面に滴り落ちていく。服に染み付いた血は服と同じ色のせいかあまり見えはしない。 傷口は浅いが血を流したせいか、くらくらする。打ち所が悪かったのだろうか。
「後に地震が起きた時……フォールが盾の役割をしてくれた……から」
 彼は自分にも責任がある、と落ち込んでいた。フォールは疲れ果てたのか、ジルハの服に潜り込んでぐったりしている。
「……飛空艇に一度戻りましょう。ジルハ、応急処置を」
 ユースは能力で飛空艇を能力で出そうとした。だがふと海を見ると海に変化がおきていた。
「赤い……?」
 憎しみが篭っているかのごとく、先ほどまでは青く澄んでいた海がだんだんと赤く染まっている。 飛空艇を出している最中も彼女はそれに目が離せなかった。
 アーチェが彼女の意向を汲み、海に近付き座り込むと手で水をすくった。手のひらを伝い落ちてゆく水は不自然なほど赤い。
「赤潮……? 違う……これは血です」
 彼女が不思議そうに言った。確かにその色はヴァンが流している血と酷似している。思ったのも束の間、その赤い水――血は意志を持っているかのようにアーチェの手に纏わりついた。
「アーチェ!」
 彼女は咄嗟に海から離れ、短剣を取り出すと自身の手に纏わりつく血を斬った。
「なんで血が……」  何故血が斬れるのだ――纏わりついたそれはまるで生物のようだった。
 同時にユースの首から下げていた封印石が光始めた。
「共鳴している……?」
 光を放ちながら一筋の帯は赤い海を指した。
「ではあの中に封印石が!?」
 今まで光が指し示すことは何度もあったが、自然現象と混じっていることは無かったのだ。 それは次第に大きく揺れ始めた。地震がまた起こっているわけではなく海そのものがゆれている。 砂浜へと波が打たれるたびに飛沫があがる。
 ユースはきゅっと唇を強く結んだ。彼女の周りが先ほどよりも強く、蒼く光り始め、光は結界となりを彼らの正面を覆う。 飛空艇を創り出す作業をしていた彼女に一気に疲労感が見えた。
 血の波は高く上がり襲ってくる。だが結界に護られ波は打ち消される。
「これも封印石の力なのか……!?」
 波の高さは尋常ではない。ヴァンはそのすさまじい負の力がおぞましく感じる。 そして何もできない自分にももどかしさを感じる。
 ふと地面を見ると自分の血が地面に吸収されていた。 だが彼女の周りには赤い水溜りがうごめいていることに気がついた。
「――ユースっ!!」
 ヴァンがその名を叫び、駆け出すのは遅かった。 正面の結界から飛沫した血の波は地面に吸収されず既に足元にあり、それが生き物のように動きだし彼女の足をとった。 そのまま転倒し、赤い塊に囚われていく。 ユースは必死に結界を引き延ばそうとしたが能力を使いすぎたのか気が遠くなっていった。
 ヴァンが駆け寄ろうとしたが、結界は主人を失い解けてしまった。間もなく、波は襲いかかった。 ヴァンはユースにたどり着くことができず、波にのまれていった。

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