「何でそんな力・・・・を持っているのよ……」
 それは呪文のような母の口癖だ。こちらを見向きもせず、かといって放って置くわけではない。 今まで通り、反抗する気さえない。あたしが触ったからいけないんだ。 
 ただ自分がこんな能力ちからをもっているからだ。
「アーチェ……可哀想な子」
 村を出る前に年上の子に言われた言葉。あたしは可哀想なのだろうか?
 自分のせいで両親はランフォード族の集落から最も離れた国――アクティに移動させられた。 けれど、もとからアクティの王に従う予定だったんじゃないの? 忠誠をまだ誓った身じゃなかったからじゃないの?
 すべてあたしのせいなの? こんな能力を持っているあたしがいけないの?



「ゆ……め」
 見慣れた世界へと、現実へと引き戻された。 あれは幼い時のあたし――夢だ。魔族の幻術にかかってから毎晩繰り返す夢。
 寝汗をかいたのか肌がじっとりとぬれて気持ち悪い。 昔のことを思い出すと、恐怖に足をとられそうで怖い。
 ベッドから降りて宿屋の窓から外をのぞくと星が綺麗に輝いている。
 そっと扉を開き、気付かれないようにあたしは外へ出た。



 能力をもつ者は希少のゆえ迫害される。
 それはあたしにもあったことだ。一族に生まれて自我が芽生えたころ、ただ人に触れただけで その人の過去がわかってしまう。今だからこそ扱えている能力"情報"、その時はまだ上手く操れていなかった。
 あたしの両親はそれゆえにこの遠くの地へ飛ばされたのかもしれない。
 アクティにいるときの自分は苦痛としか言えない生活を送っていた。
 両親は王に従えていたせいか、それなりに待遇はよかったかもしれない。 けれど隔離されているともいえる状況だった。毎日殺風景な部屋で1日を過ごす。 繰り返される毎日。
 苦痛だった。
 だからだろうか、ほんの気まぐれで誰にも知られないように夜明け前にそっと城を抜け出した。
 小さな反抗だった。ただ外を見たかっただけだった。
 とにかく走った。誰にも見つからないうちに。だけど今思えば城の皆は自分の存在を忌み嫌うものが多いんだ。 追いかけるよりもそのままいなくなってしまえばいいと思っていただろう。 だけど走ってこの世界から逃げ出したかったんだ。

 国の中心からかなり離れた場所にいつの間にか自分はいた。
 薄青に染まっていく空が綺麗で涙が出そうになった。砂漠の砂が靴に入り込んで重たい。 けれどこの外へ出れたことがうれしかった。今自分の周りには誰もいない。自由なんだと。
砂に埋もれた遺跡、随分昔の建造物の影に休もうかと思ったとき、その場所に先客がいたのに気がついた。
 自分よりも幼い少女、ぼろぼろの民族衣装、砂埃で汚れた銀の髪はくるくるとしている。 頬は少しこけており全体的にやせ細っている。 首もとの赤紫色のあざは荊のように、瞳の青さは透き通るほど綺麗に潤んでいる。
 アクティの国民だろうか、それでも民の特徴からかけ離れている。
 そしてここは国から離れた遺跡の地、人が来るほうが珍しい。
「あなた……だれ?」
「……」
 乾いた唇は動く気配が無かった。話しかけても何も反応がない。ただ呆然とどこかを見ている。
「話せないの?」
 するとこちらにゆっくりと顔を向け、無言のままじっと見つめてきた。 何か見透かされているような気がするのは気のせいだろうか?
「名前は?」
「……ユー……ス」
「ユース?」
 体力が衰えているのだろうか、小さくこくりと頷いた。
「あたしは、アーチェだよ? わかる?」
「アー……チェ?」
 その言葉を言い出すと同時に彼女の瞳から涙が零れ始めた。
 何が悲しかったんだろう、何故泣いているんだろう、あたしにはそれがわからない。 けれど抱きついて、大きな声で、すがってくる。 この人界にありえない青い薔薇みたいにあたしに何かを頼ってくる人なんかいないと思っていた。
 けれどこの子だけは違った。
 あたしに頼ってくれた。能力のせいで迫害されて、一族から見捨てられ、 親からも軽蔑されたこのあたしを。初めて認めてくれる存在だった。
 うれしい、それが本音だ。

 城へ連れ帰ったときは周囲に驚かれた。
 銀の髪に蒼い瞳、それはエルエン族の特徴に酷似していると。 アクティに属するキャンターの村に生きるエルエン族、だが最近魔族の襲撃を受け生き残りはいないといわれていた。
 あたしは王に世話係を命じられた。もしかしたらエルエン族も嫌われていたのかもしれない。 それゆえに彼女はあたしの部屋で一緒に生活した。
 言葉数は少なかったが生活は充実していった。彼女はずっと本を読んだりあたしの話を聞いてくれた。
 そして出会ってから8年の年月が経った。
 その日いつもと変わらない日を送ろうとしていた。けれど聞いてしまったんだ。 彼女が珍しく自身のことを話した。封印石のこと、エルエンで起きた襲撃のことを。
「アーチェ……?」
 そのころはまだ今よりも口数は少なかった。いきなりそんなことを話されたからだろうか、頭が飽和状態だ。
「とにかく私は……長い間一緒にいてくれて感謝しています。けれど私は行かないといけません。……封印石を探さねばなりませんから……」
 一人で行くの、あたしはまた置いていかれるの?
「だからアーチェ……本当に有難うございました」
 礼を言われることはしていないんだ。救ってくれたのはむしろあなたでした。だったらあたしはそれを返さないといけない。 たとえ一族の裏切り者とされても、もとよりあたしは一族で嫌われている。
「一人では行かせません。……アーチェ=ランフォード、これよりあなたを護る"護人"として忠誠を誓います」
「えっ……」
「だめ……ですか? "ユース様"?」
 このとき初めてあたしは彼女をそう呼んだ。それを言うと彼女はうれしそうに、お願いしますといってくれた。

 あたしの青薔薇、この人だけを護り抜こうと決めた。
いつか不可能の象徴も可能への象徴へと変われるように、花を枯らせないように。

*
 けれど現実はどうだろう?
 あたしはまだ無力で、ユース様を護っているといえるのだろうか。 あのころ悩んでいた能力でさえ段々と消えうせていく。使うたびに震え始めた手足、 もうだめなんだろうか?
 街に張り巡らされた水路に足をたらした。あの夢のせいで火照った身体の熱が段々ひいていくのがわかる。
この水の透明さのように、昔のあたしは唯ユース様を護っていた。 けれど今は違う。いろんなことが起きてしまったから、いろんな思いを抱くようになったから、 だから能力が消えうせているんだ。
「やっぱり……」
 能力の光の兆しが一瞬で消えうせる。
 この力が無くなればもう迫害を受けることもないだろう。けれど今消えたら――
「ほら」
 不意に聞こえた言葉。
 あぁ、それがあたしの青薔薇への忠誠を揺るがすんだ。